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2007年10月23日
「天下一品杯」
先週の20日(土)に次男勇斗の「天下一品杯」(少年野球大会)の決勝戦があった。
京都の大会では2番目に大きな大会で、夏頃から始まっていた。決して強いチームではないけれど、常に全力プレー。声が大きく、元気な子供が多いのが特徴。参戦した当初はまさか決勝戦まで進むとは誰も思っていません。
当日は決勝戦らしく引き締まった試合展開、先ず先制したのは我が、広野ジュニアーズ。そのイニングの先頭打者として登場したのが勇斗だった。詰まりながらライト前にヒット!(私から見ればただのセカンド後方のフライ。) 難なく盗塁を決めてRセカンド。内野ゴロや相手のミスであっけなく1点先取。
お互いチャンスやピンチがありながら2-0で最終回まで。
2年ほど前までは弱小チーム。他チームから、対戦相手が「広野ジュニアーズ」というだけで「ラッキー」とまで言われていたチームが見事に「優勝」を勝ち取った。
それまでの予選会場とは違い、決勝戦は伏見城公園内の立派な球場での試合経験は子供達にとっては良い経験になったと思う。表彰式では優勝旗をはじめ、全部で10人が受取に行くほどの楯や賞状、メダルを頂き子供たちは本当に嬉しそうであった。中でも、毎試合のようにバット引きや、ボール拾いを進んでやってくれている子供が、「特別賞」を個人的に受け取った。
その姿を心配そうに眺めていた母親も心が熱くなったのか?目に涙・涙・涙・・・。
周りもその光景に誘われるように、目が潤む。
帰り際には、子供達は、「俺らの甲子園」とばかりに、伏見城公園野球場の「砂」を袋に詰めている。
純粋な子供達! それを見守る保護者。
試合の結果よりも大切な事。 レギュラー選手が偉いのではない。 活躍した選手が偉いのではない
レギュラーで出ている選手も控えの選手も一つのことに熱中し、悔しさや、嬉しさを共感出来る心をもっている人間が一番素晴らしいと思う。
子供のエネルギーは保護者への元気も与えてくれる。 素晴らしい。 ほんとに素晴らしい。
帰宅してから、保護者同士の酒宴は深夜まで続いたことは言うまでもない。
投稿者 大門 和彦 : 2007年10月23日 17:49 | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年10月16日
お手柄&情けない
1週間で3回目の東京出張!本当に疲れる。
おまけに今回は「ハプニング」発生!
12:30分から始まった本部会議(株式会社保険パートナーズジャパン)。
一部が14:00に終了し10分間の休憩。 再び第二部がスタートし15:40分に終了。
私は第二部が終了後、2Fのオフィス会議室からB1の喫煙室へ向かった。
「ハプニング」はその時起こった!
エレベーターを使用せず、非常階段でB1に向かったその時、丁度1F非常ドアを開けた(エレベーター前のエントランス)瞬間!
「キャーーーー」
「誰か~~~」
「痴漢ですー~」「痴漢ですー~」
と若い女性が叫んでいます。
私は「何、大声を出してふざけとんねん」と思いながら、その方向に目をやると、サラリーマン風の男性が慌てて走って逃げています。その後ろから清掃会社のおじさんが必死に追いかけています。
私は何も考えずおじさんの後を追って追跡開始!約50m程を全力疾走!
その間、周りには数人の男性がいたもののあっけにとられ知らん顔!追っているのは清掃のおじさんと私だけ。
おじさんを抜いて、ビルを出たところでようやく追いつき、「痴漢」の首を捕まえて押さえ込んだ。
清掃のおじさんも追いつき、必死に「痴漢」の足を押さえてくれた。直ぐにビルの警備員が駆けつけ、
「警察呼んでくれ!」と頼んだ。
「痴漢」は往生際が悪くずーと暴れている。にも関わらず清掃のおじさんは全身を使って右足をがっちり固めている。
良く見ると、そのおじさん体は小さいし結構年配の方だ。必死に押さえつけてるその姿を見ながら周りに目をやると、若い人達も数人いる。でも何も手伝おうとしない・・・。
心の中で「お前ら、なにしとんねん」と思った。
誰一人として加勢する者はなし。
「お兄さん?あんたもチョット手伝いー。」といってやっと一人が参戦。いやいやながらちょこっと手首を掴むだけ。
「早よー警察こんかなー」
「痴漢」は益々暴れだすし、私もだんだん力が入らなくなってきた。逃げられたら恥だと思いながら
ふと後ろを向くと「痴漢」の鞄がある。 鞄の近くにいた若造に関西弁丸出しで
「お兄ちゃん?その鞄、こいつのやし、もっといて」と指示を出す。
通報してから10分位経ったのか、ようやくパトカーのサイレンが聞こえてきた。警察が駆けつけ身柄を引き渡して一件落着!
(何でも、「痴漢」は女子便所に侵入し、3室ある個室の真ん中の室の上から覗いていたらしい。年齢は40歳前後だと思う。手には結婚指輪もしていた。体格も良く、変な言い方だが、ちゃんとしたサラリーマンだと思う。このような場合、この人はどうなるのか?家族は?)なんて考えてしまう。
しかし、私の体は落着していない。心臓はバクバク、両腕はブルブル振るえ、わき腹が痛む。
別に激しい格闘をした訳でもなく・・・。ただ押さえ込んでいただけなのに・・・。
”運動不足”を絵で書いたような状態だ・・・。 情けない・・・非常に情けない・・・。
自分の体力のあまりの衰退ぶりを身をもって感じてしまった。 めちゃくちゃ落ち込んだ。
走った距離も50m程だったのでよかったものの、100m以上となると私の方が心臓麻痺か何かで
倒れているかも知れない。その意味からすると清掃のおじさんは気持ちも体力も私より若いのかも知 れない。
色んな事が起こりうる世の中、健康はもちろん、体力(筋力・持久力)も必要だという事を改めて感じた事件だった。
で、明日からどうするの? まだ決めてない。 重ねて「あ~情けない。」
投稿者 大門 和彦 : 2007年10月16日 21:14 | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年10月04日
本当に残念!
9月29日午後4時20分頃、2年間ほど話をしてなかった友人から電話あった。同じ年でプロ野球S40年会のメンバー。元巨人軍の加茂川からだった。
「勤が死んじゃったよ。」(早稲田実業で甲子園に出場。巨人軍に入団した上福元勤氏)
加茂川から電話が鳴った瞬間、予感はしていた。
2ヶ月程前に野球関係者から「上福元勤」の体調がよくない」とは聞いていた。何でも「年内もつかどうか?」
昨年の12月に40年会で本人に会っていたので、とりあえず上福元に直接電話を入れたが繋がらず3日後にメールが返信されてきた。何度とメールのやり取りをした最後のメールが
「おはよう!返事遅くなりました。何度も大門の文章を読み直して、本当にその通りだと実感しました。10月待ってますよ。入退院の繰り返しが続いているので自宅か○○医大にいると思います。大門も健康第一で頑張ってや!」
その返信メールが9月11日だった。私は仕事の関係で10月11日、12日とちょうど東京での会議が
あるため10日にお見舞いに行く予定だっただけに本当に悔やまれる。
最後のメールにも「苦しい」や「しんどい」と言った言葉は無く、残り少ない時間の中ででも、私のことを気遣ってくれるところが本当に心打たれます。
私達から見たら非常に短い人生だったのかも知れません。しかし上福元にとっても「無念」さはあるでしょう。しかし彼らしく最後まで他人を心配する人間らしさ、人間性は与えて頂いた我々にとって心の中で永遠に生き続けることでしょう。
上福元氏のご冥福を心からお祈りしたいと思います。
「合 掌」
投稿者 大門 和彦 : 2007年10月04日 11:50 | コメント (0) | トラックバック (0)
